こちらの記事は私が読んで「面白い」と思ったオススメのWeb小説をご紹介しようというものです!
第二十一回は、帆ノ風ヒロ様の「カフェ・ルポゼで会いましょう 〜コーヒーとめんつゆの違いが分かる男〜」です!
作品閲覧はこちらからどうぞ!
あらすじ(作品より一部引用)
小説投稿サイトを利用する35才の会社員、三井照雄。
いつものようにお気に入りのカフェでコーヒーを飲み、
自作の反響を気にする毎日。
鳴かず飛ばずの現状を悲観していた彼だったが、
お目当ての女性店員に声をかけられた事を切っ掛けに、
大きな転機が訪れる。
苦悩と挫折。破壊と再生。
その果てに、彼が見出した答えとは……
(ノベルゲーム風)試し読み
「この作品でもダメなのか……」
スマホの画面に映し出されたアクセス数と評価ポイント。それを確認した途端、溜め息と共に頭を抱えてしまった。
一時間ごとのアクセスを示すグラフは一桁ばかり。いや、閲覧者のいない時間帯の方が確実に多い。そして、現在までに獲得している評価ポイントはわずか10。
今回は自信があった。今までの作品よりも、だいぶユーザへ歩み寄った設定や書き方を心がけていたつもりなのに。やはり、サスペンスやホラーしか書けない僕には、“小説を書こう”というこのサイト自体が合っていないのかも。
間もなく秋が終わり、冬が訪れようとしている。外を吹き荒れる木枯らしが、僕の心の隙間にまで容赦なく流れ込んでいるように思えた。
「三井さん。何か悩み事ですか?」
「え?」
木製のカウンター越しに優しい笑みを投げかけてくれたのは、このカフェの店員である山戸奈々さんだ。憧れの彼女の接近にすら気付かないとは、相当まいっているらしい。
たかが趣味の小説投稿。そう割り切っているはずだ。それなのに僕は、何を期待しているというのだろうか。
「溜め息なんてついて、疲れているんじゃありませんか? 休息も大事ですよ。せめて、このお店では寛いでいってくださいね」
目の前へ、ブレンドコーヒーの注がれたカップが静かに差し出された。
「ありがとうございます。でも、休息ならほら。ここでこうして美味しいコーヒーを頂くことが、僕にとっての休息ですから」
彼女の前ではデキる男を装いたい。不甲斐ない姿を見せて幻滅されては元も子もない。
すると彼女は、穏やかな女神の微笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。今の三井さんの言葉、マスターもきっと喜んでいますよ。今頃、奥でニヤニヤしているはずですから」
「いや。別に、マスターが喜んでくれてもね……」
僕と同じ三十代だというオーナー、増田さんの顔が過ぎった。格好を付けて顎髭など生やしている渋い雰囲気の男だが、彼が喜ぶ姿を想像したところで嬉しくも何ともない。その姿を頭から振り払い、山戸さんの喜ぶ顔だけを抽出する。
耳に心地良い、小鳥のさえずりにも似た軽やかな声と、明るい太陽のような笑顔。それが僕の心へするりと入り込み、染み渡ってゆく。最早、彼女の虜だ。
ほぼ毎日、仕事帰りにこうして、カフェ・ルポゼへ来ることが日課になってしまった。彼女の笑顔と言葉が僕の心を癒やし、明日を乗り切るための活力を与えてくれる。
コーヒーを飲みながら、憧れの人との会話を楽しむ。これで、小説投稿サイトの作品が人気になれば言うことはないのに。
だが、現実は甘くない。僕はそのサイトの中では底辺と揶揄されるような存在だ。そのレッテルを引き剥がすには、評価ポイント500以上の作品が必要とされている。だが、今回の自信作でさえ10ポイントの僕だ。そんな高みへ届くはずがない。そしてここでも、山戸さんとの距離を縮めることができずにいる。
別に今の生活に不満があるわけではない。仕事は順調。三十半ばだが中間管理職という立場も任され、それなりにやり甲斐もある。
そんな僕が小説の投稿を始めたのは、本当に何気なくだ。学生時代から趣味で書き溜めていた物を埋もれさせてしまうのは勿体ない。誰かに読んで欲しい。僕の存在に気付いて欲しい。そんな些細な気持ちからだった。
ある程度、分別の付いてしまった今では、何もかもが上手くいくなんて思わない。そんな青臭い考えはとうにないし、作家になったからといって、それで一生食べていけるとも思わない。仮に僕の作品が書籍になったとして、一、二冊で打ち切られるのが関の山だ。
趣味の延長。それが僕のスタンスだ。しかし、人目へ晒したからには反応が、反響が欲しいと思ってしまう。心の奥から本音と欲望が顔を覗かせる。もしも物好きなレーベルから書籍化の打診があれば、二つ返事で快諾してしまうだろう。断る理由などない。
ワイシャツの首元へ手を伸ばし、ネクタイの締め付けを緩める。待望の一杯を楽しもうという時に、こんな拘束は必要ない。
僕の反応を伺っているのか、カウンター越しを動こうとしない山戸さん。その視線に緊張を覚えながらも、手にしたカップを大事に支え、ゆっくりと口へ運ぶ。
黒い海とも言えそうな複雑な層を持つ液体が、その中で揺らめき輝いている。湯気に乗って立ち昇る豊かな香りが鼻腔をくすぐった。口に含んだ途端、厚みのある奥深い味わいが一気に押し寄せた。
目と鼻と舌。それらを使い、マスターが生み出した世界を存分に堪能する。
「うん……やっぱり美味しいなぁ……」
悔しいが、彼の創造する世界は本物だ。のほほんとした雰囲気を漂わせている割に、仕事はキッチリこなす辺りが小憎たらしい。
この店の内装にしてもそうだ。アンティークの小物がさり気なく配置され、カントリー調のアットホームな世界観が形成されている。駅から徒歩十五分という不便な立地の割に、クチコミで人気が広まり客足は上々。以前からここを利用していた僕にとって、この店が混雑するのは迷惑でしかないのだが。
しかし、慌てて邪念を払う。今はコーヒーを楽しむ時間だ。それだけを考えていれば良い。その温かさが全身へ染み渡り、心の奥底まで満足させてくれる。まさに魔法の飲み物だ。
「三井さん。ひとつだけ聞いてもよろしいですか?」
「え? なんですか?」
彼女が仕事中に雑談を始めるとは珍しい。いつも周囲に気を配り、絶えずお客の要望に耳を傾けているような勤勉な人なのに。
「三井さんがいつも、スマホでご覧になっているサイトって、“小説を書こう”ですよね?」
「知ってたんですか!?」
予想すらしなかった展開に、思考がついていかない。
「すみません。何となく画面が見えてしまったので、つい……私も友達が書いている作品を読んでいるので、あのサイトを三井さんも使っているんだなぁって、勝手に親近感が湧いてしまって」
意外だった。まさか彼女が“書こう”の存在を知っていたなんて。だが、僕が底辺作家だということは絶対に知られたくない。
「さすがに書くのは無理なので、読むだけですけどね……ここでコーヒーを飲みながら小説を読むと、凄く贅沢な気分になるんです」
「コーヒーに読書。大人な感じで良いですね。私はもっぱら花より団子なので、この店のカフェオレとチーズケーキを頂きながら、ガールズトークに花が咲いてしまいますけどね」
はにかんだ笑顔に見とれてしまう。
「山戸さんは若いんだし、ガールズトークで盛り上がるくらいが丁度いいよ」
彼女は二十四才のはず。綺麗というより可愛い雰囲気の漂う、元気で明るい女性だ。そして、彼女を目当てでここを訪れるライバルたちの存在も知っている。
「でも最近、落ち着いた大人の女性に憧れるんですよねぇ……二つ上の姉がいるって、前にお話ししましたよね? 最近は合う度に、色気がないだの、お子様だのって……」
山戸さんとの間に、“書こう”という思わぬ繋がりができた。そんな少しの進展に胸を躍らせながら、レジで会計をすると。
「三井さん」
店を出る直前、不意に呼び止められた。視線を向けた先には山戸さんの姿が。
「厚かましいお願いだとは承知しているんですが、私のお願いを聞いて頂けませんか?」
☆☆☆
「これか……」
帰宅後、入浴を済ませた僕はベッドの上へ寝転び、スマホに映し出された“書こう”の画面とにらめっこをしていた。見ているのは自分のユーザページではない。“物書きをする黒猫”というユーザの作品ページだ。
帰り際、山戸さんに呼び止められた僕。ためらい、恥じらうような仕草を見せる彼女に戸惑ったのは言うまでも無い。妙な勘違いを起こしてしまったことも否定しない。
“友達の作品を読んでいるとお話ししましたよね。ご迷惑でなければ、三井さんにも読んで頂いて、率直な感想を伺いたいんです。なんだか、私の意見では物足りないらしくて”
なんて贅沢な友人だ。そんなヤツはあのカフェのコーヒーでなく、めんつゆでも飲んでいればいいのに。チーズケーキでなく、6ピースチーズの一切れを与えてやろうじゃないか。だいたい、物書きをする黒猫というユーザネームも頂けない。自分の機嫌次第で、山戸さんを振り回すような気まぐれさを感じてしまう。
「いや、待て……」
こんな所で毒を吐いている場合ではない。あの山戸さんの友人だ。悪い人のはずがない。
「めんつゆの件は素直に謝罪しよう」
誰に言うでもなくつぶやき、作品タイトルへ目を通してゆく。長編はなく、短編作品が三十作ほどずらりと並んでいる。どれも女性を主人公にしたタイトルのようだ。とりあえず、最新の作品を開いてみた。冒頭も入り易い。柔らかな文体は好印象だし、空気感や匂いまで伝わってきそうな繊細な表現が際立っている。起承転結も申し分なく、一気に引き込まれ、夢中で読み終えていた。
「これだけ素晴らしい作品なのに……」
おそらく、このサイトを訪れる読者の趣向には合わない。それを如実に表すように、作品の評価ポイントは二桁台。恐る恐る他の作品のポイントも確認してみるが、どれもこれも同じような具合だった。
評価ポイントとは、読者から与えられる数値だ。お気に入り作品として登録されると2ポイントを得ることができる。その他に、文章評価、ストーリー評価がそれぞれ五段階。つまり、一人のユーザから最大で12ポイントを得ることができるのだ。この数値は運営サイトのサーバーで集計されており、ジャンルや累計ポイントなどで分けられた独自のランキングシステムへと反映される。
投稿サイトのトップページに表示されているランキング。そこへの掲載はアクセス数を大きく左右する。このサイトへ作品を読みに来るユーザから見れば、当然、ランキング上位の作品の方が面白いと思うからだ。そうなれば必然的にそれらの作品が好まれ、評価も得やすくなる。そして、評価の累計が2万ポイントを越えるような人気作になれば、書籍化の誘いがかかるという話も聞いている。
趣味の一貫としてこのサイトを利用しているユーザもいるが、大半は書籍化を目指して切磋琢磨し、研鑽を積む者たちが集まる戦場なのだ。
「もっと人気が出ても良いのに……」
そんなことを思い、眠りに誘われてゆく。
☆☆☆
「それを直接、感想欄に書き込んで頂けませんか? その方が友達も喜びます」
翌日の夕方。コーヒーを飲みながら、山戸さんへ感想を告げた結果がこれだ。
「え? 直接!?」
思わず頬が引きつった。感想を書けば、テルという僕のユーザネームが記録されてしまう。三井照雄の本名から取ったものだが、ユーザネームには自動的にリンクが設定される。そこをクリックされようものなら、僕の作品ページへ移動してしまうのだ。
「いや。人に意見できるような評論家じゃないんだし、僕には無理だよ」
「そうですよね……分かりました。他の方を当たってみます。わざわざ貴重なお時間を割いて頂いて、本当にありがとうございました」
寂しそうな山戸さんの顔に心が大きく揺れた。他の誰かにこの役目を取られるわけにはいかない。彼女には僕が必要なんだ。
☆☆☆
「みんな、すまない……許してくれ」
その日の夜。自身のユーザページを開いた僕は、そこに掲載されたサスペンスやホラー作品の数々へ静かに詫びた。いや。正確に言えば作品だけではない。それぞれにお気に入り登録をしてくれている、見えない読者たちに対しての謝罪も込めていた。
二十話ほど連載しているサスペンス物には七件のお気に入り登録が付いていた。この続きを楽しみにしてくれている人がいる。そう思っただけで胸の奥が痛んだ。
だが、現実としてすぐ間近にある山戸さんの笑顔に敵うはずがない。僕は心を殺し、機械的な動作で作品たちを消去したのだった。
感想
読みやすい文章。
わかりやすい物語。
登場人物達の心情と訪れる結末・・・。
短すぎず長すぎない短編小説です!
是非最後の「結末」をその目で確認してみてください!
実況朗読
※ネタバレを含みます!
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