スポンサーリンク

「咲夜。人の寿命が見える私と、来年までに死ぬ彼の話。」作者:華音様

小説
スポンサーリンク

こちらの記事は私が読んで「面白い」と思ったオススメのWeb小説をご紹介しようというものです!

第八回は、華音様の「咲夜。人の寿命が見える私と、来年までに死ぬ彼の話。」です!

 

作品閲覧はこちらからどうぞ!

咲夜。人の寿命が見える私と、来年までに死ぬ彼の話。
 加護咲夜(かごさくや)、高校一年生。  彼女には、不思議な// 無料オンライン小説です

あらすじ(作品より一部引用)

加護咲夜(かごさくや)、高校一年生。
彼女には、不思議な能力があった。それは、他人の寿命が〝年数〟で見えること。彼女には大きな未練があった。それは、寿命一年である事を知りつつ見過ごしたことで、とある女性を救えなかったことだ。

彼女は、高校の入学式の朝、屋上から空を見上げる男子生徒の姿を見かける。なんとなく視界の隅に入った彼の寿命は──〝一年〟だった。

彼、今泉京(いまいずみきょう)の寿命はどうして一年なのか?
彼の死因とはいったいなんなのか?
彼を救う事が自身の罪と向き合い償う方法だと考えた咲夜だったが、彼の他にも次々と寿命一年の人物が現れるのだった……。
彼を、彼女らを、咲夜は救っていくことができるのか?

偽善か──それとも贖罪か。死神の目の使い方。

(ノベルゲーム風)試し読み

 ──私は人の寿命が見える、なんて言ったら、君は笑うだろうか?

 まるで絵空事のように聞こえるだろうけど、これは紛れもなく真実なのである。

 もう少し詳しく説明をするならば、他人の頭の上に数字が見える。見える数字は、一から──上限を何処に定めるかは難しい所だが、精々百前後だろうか──の整数である。

 つまり、分かるのは凡そ何年という漠然とした寿命であり、何ヶ月、何日、何分といった詳細な情報までは知りえない。

 最初に、能力のことに気が付いたのは、恐らく小学校に上がった頃だった。

 頃だった、なんて曖昧な表現になってしまうのには理由があって、数字が見えることが他人と違うことなんだ、と認識した時期をよく憶えていないからだ。

 見える数字が意味していることを、最初は理解できていなかった。だが、高齢の人ほど小さい数字が見えていることに気付いたある日、これはその人の寿命なんじゃないか、と仮説を立てる。

 そしてこの仮説は、ある事件を経て確信へと変わった。

 未だに脳裏にこびりついて離れない、あの凄惨な記憶の日を、境に。

 

 それは、よく晴れた日だった。

 場所は、目が眩むほどの高層ビル街。

 私は一棟のビルと、ビルの真下にある歩道とを、代わる代わる、見つめていた。

 路面から伝わってくる熱は、真夏のビル街、更に今日が真夏日であることを容赦なく肌に伝えてくる。降り注ぐ太陽の光は、一瞬瞼の裏に焼きつくほどだ。

 辺りは喧騒に包まれていた。

 街並みでよく聞かれるものとは一味違う。

 それは強い恐怖と、混乱を湛えた喧騒だった。喧騒と言うよりは、騒然とした緊張感が漂う空気、と表現した方がより適切だろうか。

 やがて赤色灯の明かりと共に、甲高いサイレンの音が響いてくる。ようやく救急車が到着したようだ。それなのに──けたたましいはずのその音は、私の耳には殆ど届いていなかった。

 一切の音が消え去ったような世界の中で、私は目の前の光景を、ただ呆然と見据えていた。

 どんどん増えていく人波。その隙間から覗くようにして、ビルの真下に横たわる女性の動かない背中を、じわじわと広がっていく赤黒い染みを、ただ見つめていた。彼女が着ている白いブラウスは、赤い液体で瞬く間に染色されていく。

 三十分ほど前に、白いブラウスを着た女性とは、程近いビル街ですれ違っていた。

 私は知っていた。

 彼女の頭の上に表示されていた数字は『一』。

 私は知っていた。それは、彼女の寿命が一年未満である事を示していると。

 私は知っていた。そう遠くない未来、彼女が死んでしまうことを。

 ──このビルの屋上から飛び降りて、命を絶つことを。

 いや──それは流石に、買いかぶりというものだ。

 そこまで詳細に死の間際の情報を知りうる力は、私にはないのだから。

 でも、それでも、と私は自問自答を繰り返した。自分のことを、責め続けた。私がもし、声掛けをしていれば、彼女の未来を変えられただろうか? 未来が変わらなかったとしても、せめて、今日飛び降りる決断を鈍らせる事ができただろうか?

 私はこの日を境に、この数字が意味するものは『寿命』なんだと確信する。

 しかし、未だ小学生であった自分には、些か刺激の強すぎる事件だった。

「そんな……」

 突然、胸から鳩尾みぞおちにかけて強い痛みを感じると、たまらず両手で心臓の辺りを掻き毟った。

 視界が滲む。

 息が詰まる。

 次第に呼吸をすることすらままならなくなると、震えの治まらない唇から漏れだすものは、酷い嗚咽と吐き気だけ。私はうずくまったまま、立ち上がることができなくなってしまった。

 夢の中の自分に、もし、意見することができるのなら、こう伝えたい。

 次、救える可能性のある人物と出会った時は、決して目を背けちゃダメだと。

 絶対に、逃げちゃダメだと。

 この日私が背負った罪の十字架が下りる日がくるとしたら、それは、この忌々しい自分の能力で誰かの運命を変えられた日、なんだろうか。

 この考え方は、偽善かそれとも贖罪か。

 答えは未だ、見つからぬまま。

* * *

 段々と、視界に光が戻ってくる。

 眼が覚めた場所は決して真夏の高層ビル街などではなく、見慣れた自分の部屋。

 背中が汗でぐっしょりと濡れている。久しぶりに見たな、布団にくるまったまま暫く悪い夢のことを考えたのち、這い出して、窓際に立った。

 脳裏にはまだ、夢のかけらがこびりついている。陰鬱な感情と、陰惨な記憶とを纏めて追い出すようにかぶりを振ると、一息にカーテンを開け放つ。途端に射し込んできた眩いばかりの朝日が、中空を漂う埃に乱反射して、キラキラと幻想的な輝きを放った。

 ──そうか、今日は入学式。

 カレンダーに目を向けて、また、が見える環境に馴染まないといけないんだな──と、沈痛な溜め息を落としそうになる。

 鏡台の前に立ち、鏡に映る自分の姿を見つめた。

 自分で言うのもなんだが、目鼻立ちは整っている方だと思う。しかし、ショートボブの重たい黒髪。今ひとつ艶のない、手入れの行き届いてない髪質。生気の感じられない黒目がちな瞳と目の下に僅かに出来たくまが、全てを台無しにしている。

 陰気な顔だな、と思わず笑いそうになる。でもそれは、私──加護咲夜かごさくやの紛れもない真実の姿。

 高校の制服に袖を通し、ブレザーの制服の胸元に緑色のリボンを結ぶ。今日から通う高校では、学年ごとにリボンが色分けをされているらしい。三年生が赤、二年生が青、一年生が緑だ。

 化粧をする習慣は殆どない。軽く眉を整え薄くリップを塗って、寝癖を整える程度に簡単なブラッシングだけをすると、自室のドアを開け放った。薄暗い部屋に光の粒子が流れ込んでくる光景に、僅かに脳が震えた。

 陰と陽が混じり合う、心地良い空間に後ろ髪を引かれつつも、私は自室を後にした。

 

 四月。旧暦では卯月うづきと呼ばれる。入社式、入学式など公の行事が続く月であり、新しい環境で生活をスタートさせる人も多い始まりの季節。

 時折頬を撫でる暖かい風に春の訪れを感じつつ、私は、今日から通う高校と自宅を結ぶ並木道を歩いていた。

 木々の枝に繁る鮮やかな緑が、風にそよいで微かな音を立てる。淡いピンク色に変わり始めた桜のつぼみが、葉の緑と幹の茶色に彩りを添える。

 セーラー服の女子校生……六十七。

 腕時計に視線を落とし、足早に自転車を走らせるサラリーマン風の男……三十八。

 額の汗をハンカチで拭い、神経質そうな目を周囲に配る中年男性……二十五。年齢のわりに、短いかな。

 それなのに私の視線は、桜の蕾でも、春の陽光でもなく、すれ違う人々の寿命に向けられたまま。

 私――加護咲夜に備わっている『寿命が見える』という特殊な力のせいで、何時の間にか身に付いていた悪癖だった。

 その時、向こう側から歩いてきた女子中学生と視線が交錯。気まずい空気が流れて逃げるように顔を背けた。

 ──気を付けなくちゃ、と自らの行動を戒める。

 数字が見えることには慣れている。むやみやたらと目を向けるべきではないことも、無論、理解している。

 けれども、視界に数字が見えると無意識のうちに確認してしまう習慣だけは、なかなか抜けるものではなかった。

 今となっては俄かに信じ難いことだが、私は中学一年生の頃まで、比較的男子にモテていた。理由は様々ある。

 初対面なのになんとなく視線を送ってしまう事から、好意があると勘違いされる。

 目が合った瞬間に、それとなく視線を逸らす (寿命のほうに目が行く)ことから、羞恥心を感じているんだと勘違いをされる。

 それらとは無関係に、そこそこ容姿が良い。

 数え上げていくと、凡そ、そんな所だろうか。

 考えなしに視線を配っていった結果、何度か告白を受けることになった。相手は決まって、中学から一緒になった付き合いの浅い男子ばかりだ。もちろん私は好意があって彼らを見ていた訳でもないので、相手を傷つけないよう言葉を選びながら、丁重にお断りした。

 相手にしてみれば、それはさぞ、意外な反応に思えたのだろう。「どうして? 君はあんなにも、僕の方を見てたじゃないか」と半ば呆れたように返されることも度々あった。そして私は、その都度答えに窮した。だって──言えるはずがない。

「あなたの寿命が意外にも少ないのが気になって、時々見てしまいました」

 なんてね。口が裂けても言えるはずがない。

 この悪癖は、勘違いから相手に好意を抱かせることが多かった一方で、敵意を持たれてしまうケースも少なくなかった。

 例えば、誰かと会話をしようと考え視線を合わせても、直ぐ、頭上に浮かんだ数字が気になってしまう。相手側の視点で見れば、会話の途中で目を逸らしてくる私の反応は、あまり快いものではないだろう。

 また、初対面なのに意味も無く視線を送ることから、睨んでいるのか? と勘違いをされる。

 それらとは無関係に、元来ジト目なので目つきが良くない。

 結果として、所謂「お前、何ガンを飛ばしているんだよ?」という因縁を付けられることになる。こちらとしては、敵意や悪意があって視線を向けた訳でもないので、完全なあてこすりとも言えるのだが。

 中学の時には、こんなこともあった。当時私は、吹奏楽部に所属していた。仲の良い友人が入ったから、というのも理由の一つだが、多人数の輪に入って行くのを苦手としている私に、母親が勧めてくれたからというのもある。

 譜面を読むのは問題なかったが、肺活量が弱い私は、入部当初からそれなりに苦心した。それでも負担の小さい木管楽器を選択し、愚直に練習を繰り返してた。他の部員の寿命を気にしつつも、譜面と指揮にだけ意識を向けられるように、自分なりに努力を重ねた。

 だが私は、自分が思っていた以上に、辺りに視線を飛ばしていたらしい。努力が実を結び始めた頃、悪い噂を立てられはじめる。

「あの加護とかいう一年生、いつも私の顔を睨んでいるんだけど」と先輩から目をつけられた私は、度々嫌がらせを受けるようになる。私物を隠されたり、トイレに呼び出されて突き飛ばされたり、これ見よがしに陰口を叩かれたりと、その手口は多岐に渡った。

 悩んだ末に、学校にも相談した。しかし、その事実が先輩達の耳に入ると状況は更に悪化。結局私は、二年の夏に吹奏楽部を退部してしまう。

 以降、益々周囲と馴染めなくなった事を心配した両親が、私を医者に診せた。視力、聴力、脳神経、精神状態に纏わるカウンセリング。あらゆる方面から、幻覚が見える原因を探っていった。そう――寿命が見える私の能力は、幻覚や妄想の類ではないかと、両親にすらも疑われていた。

 そんな、的を射ていない検査で何かわかるはずもない。誰に相談しても意味がない。これは自分で解決しなければならない問題なんだ、と私はこの時悟る。

 とにかく、視界に入る寿命を気に留めないように。例え不自然な寿命を目にしても動揺を表に出さぬよう心がけないと、また中学の時と同じことの繰り返しになってしまう、と肝に銘じた。

「元来、明るい性格でもないのにね」

 深い息と呟きが一緒に漏れたその時、正面からやって来たスーツ姿の青年に目を奪われる。

 ──居た……。

 時々見かける、寿命が一桁の人物。

 外見は普通のサラリーマンだ。恐らくはこの先、重い病気を患うか、事故に遭遇する運命が彼を待ち受けているのだろう。

 目を合わせないように、と顔を背けたまますれ違う。

 もちろん、彼を救う方法があるなら手を差し伸べたい。でも、私の能力に死因を特定する力はないのだから、精々「あなた、数年中に死にますよ」と助言するのが関の山。そんなことを告げられて、喜ぶ人なんて果たして居るだろうか?

 ──いるわけがない。

 自問自答を完結させた。

 本当に、中途半端で疎ましい能力。

 陰鬱な感情が胸中で渦巻き、もう一度溜め息を漏らした私の肩を、誰かが叩いた。

 

 振り返ると、私の後ろに一人の女の子が立っていた。

 彼女は私と同じブレザーの制服に身を包み、胸元には緑色のリボンが揺れている。しっかりとウェーブの掛かった艶のある髪は、背中まで垂れる長さ。まるで深海の如く紺色の瞳が、正面から私をとらえた。

 彼女の名前は、夢乃明日香ゆめのあすか。私にとっては、唯一といってもよい友人である。

「おはよう咲夜。今日からまた、同じ学校だね」

 と彼女は笑顔で言った。

「そうだね」と私が答えると、彼女は私の隣に進み出る。そうして二人、肩を並べて歩き始めた。

 こうして並ぶと、肩の高さは丁度同じくらいになる。私も明日香ちゃんも、身長は百五十センチ前半程度と殆ど同じ。だが、何処となく暗い雰囲気を纏ってしまう私とは対照的に、彼女は存在自体に華がある。

 手足は細くて白磁の如く色白。仕草のひとつひとつも可憐で、同性の私ですらも、時々見惚れてしまうほどだ。容姿端麗な彼女が、どうして私の友人でいてくれるのか、本当に不思議だった。

 実際、明日香ちゃんは男子に人気がある。

 例えば昔、こんな事があった。

 私は小学校六年生の時、密かに想いを寄せる男の子が居た。彼は頭が良くて優しく、更に運動神経も良いという、誰にでも好かれるクラスの人気者だった。

 意外にも彼は、頻繁に私に話しかけてきた。放課後の清掃をしている時はほうきを持って手伝ってくれたし、日直の仕事で職員室まで大量のプリントを運ばなければならない時、そっと半分だけ持ってくれた。体育の授業で私が転んで膝を擦りむいた時も、黙ってハンカチを差し出してくれた。もしかしたらこれは、運命の出会いなんじゃないか? 私は益々彼に惹かれていった。

 だが、私の自惚うぬぼれた感情を満たしてくれる関係は、そんなに長くは続かなかった。

 茜色の光が射し込んでいる放課後の教室。意図せず二人きりになって緊張する私に、彼が話しかけてきた。

「加護ってさ、夢乃と親友だったよね? もう、薄々と勘付いてるかもしれないけど、……俺さ、夢乃のことが好きなんだ。あいつにこの手紙を、渡しておいてくれないかな」

 伏し目がちに、彼が、一通の手紙を差し出してくる。

 瞬間、背筋が凍えるように寒くなった。舞い上がっていた昨日までの自分が、酷く滑稽に思えた。

 翌朝、教室で彼からの手紙を渡すと、明日香ちゃんは目も通さずに屑篭くずかごに捨ててしまう。

「勿体ないよ」

 醜い嫉妬を胸の内に隠して、私は彼女に問い掛ける。

 要らないなら、いっそ私が欲しいくらい。

 けれども彼女は、曖昧な笑みを頬に浮かべると、「私、あの子に興味ないから」とバツが悪そうに呟いた。「大丈夫。私からちゃんと断っておくから」

 そうした行き違いは、その後も何度か続くことになる。

 私が好意を向けた相手は、みな一様に明日香ちゃんを好いていて、私が嫌悪、または好奇の眼差しを向けた相手は、勘違いから私にすり寄ってきた。

 繰り返される気持ちのすれ違いは、次第に私を、恋愛事に臆病にさせていった。

 それでも、二人の友情にひびが入ったことは一度もない。

 彼女は小学校入学当初からずっと私の傍らにいてくれて、私も彼女に寄り添い続けた。きっと二人は、これから先もずっと一緒。何時までも親友であり続けたい。

「咲夜、やっぱり見えてるの?」

 眩しい朝陽に目をやりながら、確認するように明日香ちゃんが尋ねてくる。

「ああ、うん……」

「死にそうな人、いた?」

「明日香ちゃん、はっきり言いすぎ……。えっとね、寿命九年の人とすれ違った」

「どんな感じの人?」

「ごく普通のサラリーマンだったよ。顔色も良さそうだったし、何か重い病気を患ってるようには見えなかった。何度も視線を送ると悪いから、一瞥しただけだけどね」

「そっか~。変な能力のせいで、咲夜も心労が絶えないね。今日からまた環境が一変するから、慣れるまで苦労するね」

「まったくだよ……今から凄く気が重い」

 マイナス方向に傾き始めた感情を、頭を左右に振って吹き飛ばす。

 これもまた不思議な事なのだが、明日香ちゃんは、私の寿命が見える能力を把握し、かつ、疑いの眼差しを向けてこない唯一の他人なのだ。

 両親ですら、『娘の虚言ではないか』と疑っている節があるのに、彼女だけは信じてくれた。どんな時でも、私の不安な気持ちを受け止めてくれた。だから私は何時も、彼女に依存してしまう。

 俯いてしまった私の指先を、彼女が握った。

「大丈夫、私がいるよ」

 差し延べられた手。

 向けられる、真摯な瞳。

 綻んだ、艶やかな口元。

 私も、彼女の手をしっかりと握り返した。繋いだ手のひらから伝わってくる温もりが心地いい。こうして結局今日も、明日香ちゃんに甘えることを自分に許してしまう。

「自分の寿命は、見えないんだっけ?」

 明日香ちゃんが、私の頭の上で手のひらをヒラヒラと動かした。

「うん、見えないよ。でもさ、そんなの見えない方がいいよ」

「そうだよね」と彼女も苦々しく笑った。「自分の寿命が分かってしまったら、落ち着いて過ごせなくなるよね」

 私の寿命が見える能力は、自分と一親等の家族──つまり、両親にだけは働かない。だがむしろ、これは有難いことだと思う。彼女が言う通り、誰しも自分の寿命なんて知りたくないだろうから。

「大丈夫。明日香ちゃんは、ちゃんと長生きできるから」

 彼女の頭の上に浮かぶ数字。『六十五』を見ながら私は言った。

「咲夜様が言うのであれば、間違いないですなあ」

 ちょっと満足したように、明日香ちゃんが豊満な胸を張る。

 明日香ちゃんの寿命に不自然な点が無いことも、彼女の存在に安らぎを感じている理由の一つかもしれない。私は彼女に対して、なんら「気遣いをする」必要がないのだから。

 女の子同士が手を繋いで歩く姿は、それなりに珍しいのだろう。他の生徒達が、ちらちらと振り返るのが分かる。それでも私たちは、構うことなく手を繋いで歩き続けた。

「また同じクラスになれるといいね」

「私も明日香ちゃんと、同じクラスになりたい」

 他愛もない会話ひとつでも、あどけなく笑う彼女の顔が眩しくて、そっと視線を空へと逃がした。

 新しい年度のスタートに相応しい、雲ひとつない澄んだ青空。

 ──高校では失敗しないように、頑張らなくちゃ。

 やがて、私達が目指していた場所の姿が見えてくる。白い壁で覆われたその建物は、今日から通うことになる公立高校の校舎だった。

 視線を正面から校舎に移し、再び正面に戻そうとしたその時、視界の片隅、左上の方に微細な違和感を発見する。

 違和感の正体を探るべく注意を飛ばすと、屋上に設置されたフェンスの手摺りから身を乗り出して、上空を見上げる男子生徒の姿が見えた。

 とたん、心臓がドクンと跳ねる。

「な、んで」

 反射的に、体が動いていた。

 駆け出した私の背中から、「ちょっと、咲夜!」という明日香ちゃんの叫び声が追いかけてきたが、構うことなく走り続けた。

 この違和感は、私にしか感じ取れないもの。深く考えている余裕もないし、誰かに説明し納得させた上で協力を仰ぐより、直接向かった方が早いに決まってる。それにしても、

 ──どうしてあの人の寿命……一年なの!? まさかとは思うけど、入学式という目立つ日を態々わざわざ選んで飛び降りる気?

 

 寿命が見えるという私の能力は、実に融通の利かない不便なもの。

 分かるのは年数という曖昧な情報のみ。寿命が更新 (減る)されるタイミングにも一週間程度の誤差 (幅)が生じている事が、クラスメイトの寿命を見続けてきた経験則上判明している。その為、死期を具体的な日時として予測する事すらままならない。

 加えて、私の能力は死因を一切特定できないので、助言をする、という使い方においても不便だった。

 例えば、『数年中に死にますよ』と誰かに告げたとしよう。当然その人物は、何故死ぬのか? 何時死ぬのか? どうすれば助かるんだ、と様々な疑問を投げ掛けてくるに違いない。だが私は、その人物に対して具体的な回答も対策も、何一つ準備してあげられないのだ。

 特に今回のような、既に寿命が一年の人物と遭遇したケースでは手も足もでない。

 死ぬのは明日かもしれないし明後日かもしれないし、極端な話、三百六十四日後、ということすら有り得るのだから。

 それが──一見便利そうでちっとも使えない、私の能力の本質だった。

 ──ほんとに、不便な能力。

 舌打ちを落とし生徒用玄関から校舎の中に入った私は、素早くローファーを脱ぎ捨て鞄の中から上履きを取り出した。

 ──ええと……。

 暫し悩んで、脱いだ靴は来客用の下足入れに押し込んでおく。後々咎められるかもしれないが、自分の下足入れを悠長に探している暇などない。今は、彼の安否を確認するのが最優先事項。

 上履きのかかとも潰したまま、新入生に配られてる小冊子をふんだくって走り出した。

 ああこいつは、上級生に与える心証も最悪だ。一先ずそのことは忘れておいて、階段……。

「ごめんなさい」

 何度か他の生徒と肩がぶつかり、その度に謝罪する羽目に陥った。怪訝な視線を時折向けられながら走ること数十秒。階段のある場所は、間もなく見つかる。

「よし」

 階段を、足早に駆けあがりながら私は思う。

 寿命が極端に短い人物と深く関わり合いになればなるほど、救えなかった時のショックも相応に大きくなる。見て見ぬふりしたいという臆病な心が首をもたげるが、そうもいかないからこそ、今、こうして走っている。ここで見過ごしてしまったら、あの日の弱い自分と同じ過ちを繰り返してしまう。

 あの日私は、手を差し伸べれば救えたかもしれない命を見捨てた。

 目の前で、知人女性の命が失われゆく瞬間を見届け、一生償うことができない罪があることを知った。

 だからあの日、私は誓ったんだ。

 次、救える可能性のある人物と出会ったときは、逃げ出さすに手を差し伸べるんだと。

 それがきっと、私なりの贖罪になると信じて。

 大丈夫、と呪文のように呟いた。死因が自殺だと分かっている今なら、きっと救える。

 さて、三階までは無事到達。やはりと言うべきか、階段はここで途切れていた。次は屋上に登るための階段を、探さなくてはならない。

 だがこのご時世、屋上に通ずる道なんて解放されてるんだろうか? 非行を防ぐため。転落事故を防ぐため。様々な理由により、屋上への階段は封鎖されている事が多い。もしあの男子生徒が、一般には知りえない裏ルートで登ったとしたら……少々話は厄介だ。

 どうやら、三階は一年生の教室に割り当てられているようで、人の姿はまったくなかった。連なる教室の前を走り抜け、廊下の最奥まで辿り着いたところで、屋上へ至る階段は見つかった。見たところ、『立ち入り禁止』の貼り紙すらされてない。

「マジで?」

 半分は呆れから、半分は安堵の溜め息を漏らしながら、勢いもそのままに階段を駆け上がる。

 ほんと何が悲しくて、こんな運動音痴の陰キャ少女が、入学式の朝から全力疾走 (しかも階段)しなくちゃならんのか。

 薄暗い階段を上りきると、そこには金属製の扉があった。扉の前で立ち止まり、ノブに手を掛けると一息に……一息に…………ってなにこれ、凄く重いぃ。心中で不満をぶちまけつつ押し開けた瞬間、溢れ出てくる光に目が眩んだ。

 目の前に広がるのは、澄みきった青空とコンクリートで覆われた灰色の床。春めいた陽射しが燦々さんさんと降り注ぐ。はたして其処に彼は居た。但し状況は先程よりも悪くなっていて、屋上を囲む鉄製の金網フェンスの向こう側に、彼は胡坐あぐらをかいて座ってた。

 冗談でしょ。だいたいフェンスが低すぎなんです、と悪態が口をついて出る。一息ひといきに距離を縮めると、喉元でつかえそうになる言葉を吐き出した。

「あ、あの、はやまっちゃ、ダメです!」

 彼はビクっと背を震わせた後、ゆっくりとした動作で振り返る。

 襟足が少し外跳ねした長めの頭髪。アーモンド型の瞳と長い睫毛まつげが印象的だ。整った目鼻立ちは何処か中性的で、一瞬女性かと見紛うほどだ。

 いやいや、見惚れてる場合じゃない。私は素早く彼の頭上に目を向け、寿命が一年であることを確認した。間違いない。この人は今、死のうとしてる。

「は、早くこっちに戻ってください!」

 先ずは、飛び降りる事を阻止しなければならない。恥ずかしさで顔が真っ赤になるのを意識しながら、彼にそう促した。

「あんた、誰?」

 しかし彼は立ち上がることなく、座ったまま首だけをこちらに向ける。

「私ですか? 私は……」

 質問で返されたことで、軽く狼狽うろたえた。そもそも、なんて答えるべきなんだ?

「今日からこの学校に通うことになった、一年生です」

「へえ、そうなんだ。宜しくね」

「あ、はい、こちらこそ……じゃなくて! 私の話、聞いてましたか?」

 危うく関係ない話で流されるところだった。

「何があったのかは知りませんが、それでも、入学式の日を態々わざわざ選ぶなんて悪趣味です」

「いや、なんで? 別に何時だっていいでしょ? 俺は、今日遣り遂げたいって決めてたんだから」

 興奮気味に、彼は立ち上がった。向けられる瞳にも、警戒の色が混じり合う。少し刺激し過ぎただろうかと、後悔が頭を過る。このまま後ろにダイブでもされたら、洒落にならない。

「確かに人の目を引くでしょう。みんなが同情してくれるでしょう。でも……死んだら終わりじゃないですか? もう一度考え直しましょうよ? 私で良ければ……相談に乗りますよ?」

 慎重に言葉を選んだ。過度に刺激しないよう、次第に語尾を弱めながら。

「ん?」

 ところが彼、話が噛み合わない、という顔をして首を傾げると、視線を斜め上に逸らした。私も釣られて、彼の視線の先を目で追った。朝の太陽が、眩しい。

「もしかして君は、俺のことを自殺志願者だとでも思っているの?」

「え……違うんですか?」

 あれ?

 もう一度寿命を確認してみるが──なんど確認しても、『一』年だ。

「全然違うよ。俺、死ぬつもりなんかないから」

 さも滑稽だ、とでも言いたげに、彼は大声で笑い始めた。

「じゃあどうして、フェンスから身を乗り出してたんですか? 紛らわしいことしないでください」

 寿命のことは流石に言えない。遠まわしに尋ねると、彼はキョトンとした顔に変わった。

「ああ、この場所は、電波がいいからね」と言って彼は、手に持ってたスマホを左右に振って見せる。「ん~……。いい加減に機種変した方がいいのかな? どうにも通信が遅くて使いにくい」

「通信?」

 首を傾げた私の疑問を他所に、見晴らしいいぞこの場所、君も来る? と彼は歯を見せて笑った。

「見晴らしって……」

 呆れた呟きが漏れ出た直後、予鈴の音が鳴り響く。

「あ、ヤバい。入学式始まっちゃうぞ?」彼の声で、ようやく私は現実に引き戻された。「え、うわあ!?」

 これが、寿命が見える私と、来年までに (たぶん)死ぬであろう彼との最初の出会いだった。

 

 試し読みはここまでです! 続きは作品ページをご覧ください!

感想

全体的に完成度が高く、本屋さんに置いている小説を一冊読むイメージです。

「恋愛」「ミステリー」「純文学(ヒューマンドラマ)」の要素を備えており、いずれかのジャンルが好きな方なら存分に楽しめる内容になっています。

間違いなく「面白い」作品なので多くは語りません。ちりばめられた伏線、登場人物達の心情、明かされる真相――

訪れる結末を、是非確認してみてください!

実況朗読

※ネタバレを含みます!

咲夜。人の寿命が見える私と、来年までに死ぬ彼の話。

コメント

スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました